作品である以上、その場にちりばめられた1つ1つには
必ず『意味』があるはずだから、
ラストが『衝撃』かと言われればそこまで衝撃的な作品ではないと思うし、
逆に一番全うで理に適った作品なんじゃないかと思う。
が、しかし。
やっぱりどう考えても“結果”から“原因”を導いてる流れになってる気がする。
確かに一見その流れも“アリ”な感じに見えるけど、
でも、所々でその“原因”が起きた道筋を辿っていくと
その起点となるものが不明瞭になってる感が否めない。
映画である以上、そこにある事実を真っ向から否定したら
その映画そのものを否定してしまうことになるから
それはするべきではないと思うししちゃいけないと思うのね。
「普通なら」とか「常識的に考えたら」とか言うのはどこか見当違いだとも思うし。
だって、人によって普通も常識も若干違ってくると思うし、
実際にその立場や状況に置かれたらどんな行動をするかは分からないし、
一概にこうといえるものはないと思うから。
だから、そこにある事実は事実として、
考えるべきはその事実が起きた原因や起点やそうなった過程だと思う。
と、前置きして考えてみてもやっぱり納得いかない部分がちらほら。
なんか腑に落ちない。
疑問点も多々。
↑というのが昨日の時点での感想。
その後、ネット中をいろいろ見て回った。
ホント私ってしつこい女(笑)
気になることがあると調べずにはいられない。
疑問点を疑問点のまま無理やり納得しようなんて無理だ。
良くも悪くも何かしら話題になってるものならば
必ずそこに“何か”はあると思うから。
で、いろんな人の感想とか読みまくって、
完全解読という名のPDFファイルなんかも読んだりして、、、
もちろん、誰が言う意見も絶対的に正しいってものはないのだけど、
中には私を納得させてくれる推理・考察というのもあったりして、
新たな発見もあったりした。
「あ~、そういう見方も出来るよなぁ」って。
私がなんとなく感覚的に引っかかってた部分も
それによって繋がりが見えた感があったしね。
でも、それがもし真実だとすると、
あの見た目的に衝撃的だと言われるラストは
予期してなかった人はもちろんだけど、
予期してた人さえもを騙す単なるフェイクだったと言えるよね。
確かにそれも事実なのだけど、
でもそれは第一段階の表面的事実であって、
その先にこそ本当の真実がある………。
なんて、果たしてそこまで考える価値があるかどうかは分かんないけどね。
そこが2、3へと繋がっていく部分で最終的に明かされるのであれば
そこまで考える価値はあったと言えるのかもしれないけど。
とりあえず、私の中で大分納得いった部分はあった。
けれど、まだ所々腑に落ちない部分はある。
違和感を覚えたセリフもまだあるし、
これはちょっと都合よすぎる展開なんじゃないかと思える部分も。
その部分を指摘してる人をまだ見つけられないのよね。
だから、私の単なる思い過ごしなのかどうか。
で、思ったんだけど、こういう部類の映画、
洋画だから仕方ないことは百も承知だけど、
そのまま見られないってことが何より一番の解釈を妨げる壁になってると思った。
翻訳の段階で言葉のニュアンスが変わってる場合あるから。
実際、同じセリフなのに、
字幕にある文章と、日本語吹き替え版で言ってる言葉が違ってたりして、
元は同じセリフなのに、その英文を日本語に置き換える時に
解釈の違いによって言い方がまるで変わってしまう。
そうなるとその言葉本来のニュアンスがなくなってる場合もあるわけで
それって結構大きなリスクだと思ったりした。
だから、洋画は原文で見ろっていう人がいるのかもね。
って、そんなこと言っても無理な話だけど。
普通の映画ならいいんだけどね、
こういう映画はやっぱり難しい。。。
と、そんなことはさておき、この映画、もちろん怖いんだけど、
なんか所々滑稽でおかしいんだよね。
だから、見てると時々笑える。
いや、決して笑える映画じゃないのよ。
でも、こんなテイストだからこそ逆に笑えるのかもな。
なんかね、ホント滑稽なの。
しかも、演出が若干ショボかったりして。
あれはわざと?
とまぁ、なんだかんだ反感を持ちながらなんとか解釈しようとしてます。
そのまま終わらせるのが悔しいんでしょう、おそらく。
なので、もうちょっと見返します。
ただし、やっぱり怖いは怖いので、しかも私は結構怖がりだったりするので、
無音状態で字幕出してしか見れないと思う(汗)
音がなくなるだけで怖さも随分なくなるってものだ(笑)
これはイイネ。
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