昨夜、何を思ってか、ホントふと思いついて、
おじいちゃんのサイトを覗いてみた。
誤解なきように念のため説明しておきますが、
“おじいちゃんのサイト”とは
“私のおじいちゃんが運営している個人サイト”ということです。
なので、決して
“一般のおじいちゃんたちのあれこれが載ってるサイト”ではありません(汗)
ここで、「おじいちゃん!?」と思われた方も
いるかいないか分かんないですが
間違いなくおじいちゃんでございます。
私なんかより遥か前からサイト運営しております。
御年85歳であります。
ちなみに、うちは母上様も自分のサイトを持っております。
これまた私より遥か前から。
御年………ま、これは言わなくていいか(笑)
(ちなみにのちなみに母上様のサイトでは私が作った曲が流れてます)
で、話戻りますが、
おじいちゃんが自分のサイトで何をしているかというと、
おおまかにいうと、MIDIの公開です。
そう、これまた私がMIDIに勤しむ遥か前からMIDIの扱いを知ってたんですねぇ。
こりゃ頭が上がらねぇや。
これはサイト云々ではなく、ホント昔から。
私が物心ついた時からですね。
おじいの家を訪れれば大抵MIDIが鳴ってましたし、
(しかも耳が悪いからかなりの大音量、そして周りから避難轟々:汗)
おじいの家にはキーボードがありました。
あの頃はおじいが何をしているのか全然分かんなくて、
というか、分かろうとしたことは一度もなくて、
時には当時小学生だった私に音楽理論なんかを話し出したこともあって、
私はただただ苦笑いするしかなくて(笑)。
あ、そうそう、一番記憶にあることといえば
私の従兄弟にあたる孫を溺愛してたようで
その子の歌とか作ってましたね。
で、楽譜を額に入れて飾ってました。
子供の頃の記憶はそのくらいしかありません。
で、ちょっと経って大人になってから
おじいのサイトがあることは知っていたし
ちょっくらい見たこともあるし、
何をやってるかも何となくは分かってたんですが、
特に興味を持つことがなかったので、
何よりその頃、私、MIDIとかよく分かんなかったし、
でも、今MIDIにちょっと触れるようになってですね、
で、今回何となく思いついてそれで見てみたわけなんですが、
(よくURLが分かったね、なんて、
そんなの私の探偵力(?)にかかればモウマンタイなのさ:笑)
ようやく、今になって、はっきりと、何をしてたのか分かりました。
ホント、「今さらかい!?」です。
著作権の切れた昔の歌謡曲を楽譜からMIDIに起こして公開してるのだそうです。
なんともう2000曲以上、MIDIで作り上げたそうですよ。
すげぇ。
カキたまの作品は昨日付けでようやっと200作品を突破したところだというのに。。。
桁が違うぜ。
なんでも結構需要があるようで。
確かにそうですよね。
今とは時代が違うから聴きたくても聴けないって曲が多いですものね。
LPっていうんでしたっけ?
これってもう再生出来る機器自体今じゃ希薄だし。
だから、CDなりテープなりになっていないものを中心に起こしてるのだそうです。
で、ここからが今回の雑記の本題(?)なのですが、
いろいろと見ててね、いろいろと思うことがあって、胸にくるものもあって、
涙が出てきたりもして、身につまされたりもして、
いろいろ考えちゃいました。。。
おじいはかなりなネガティブ思考の人でして、
そんなところがどうも子供の頃から好きになれなくて、
………いや、はっきり言いましょう。
すごく嫌いでした。
何に対しても捻くれた見方、捻くれた物言いしかしないし、
子供(孫)相手でも関係なくそういう話を持ち出すし、
子供だった私にはとてもじゃないけど理解できない人でした。
だから、13年前におばあちゃんが亡くなった以降、
その家に赴くことはほぼなくなって、
前回行ってからどれくらい経ったかあまり記憶がありません。
たぶん、高校2年の時が最後じゃないかな。。。
会う機会はありました。
2年ほど前。
それは、父方の祖父のお葬式で。
私にとって親戚と会う機会って悲しいかな誰かが死んだ時なんですよね。
でも、それに慣れてしまった今となっては何も感じることはないです。
だって、思い起こせば前回従兄弟と会ったのって
13年前のおばあちゃんのお葬式が最後だし。
もっと言うと、次女とはこの前調度スケジュールがあって偶然にも会えたけど、
それだって次女の結婚式以来、1年4ヶ月ぶりのことだったし、
長女と会ったのはその次女の結婚式でその前は長女の結婚式で、
だから、次会う機会はおそらく………だと思うんですよね。
実姉妹でもそうなんだから三親等以上の関係なんてそうなって当然なのかも。
だからね、親戚との関係が絶えずあるって人の方が私にとっては不思議なんだな。
話がものすごくズレてしまった。
軌道修正します。
でね、私の統計上ですが、男の人は特に、
歳を取るにつれてより卑屈になってくんですよ。
傍からしてみれば「なんでそんなこと言うかなぁ」ってことをよく言うんです。
「自分はもう…」みたいなことをね。
でも、おじいの書いた文章を読んでて、
その中にある芯の部分を見たような気がしたんです。
捻くれた言葉を口にはするけど、
だからといってそれが心の奥底で思っていることとイコールになるわけじゃなくて、
でも、なんであえて口にするかっていったら、それはきっと…。
恐怖を拭い去るためかもしれない、
寂しさに打ち勝つためかもしれない、
不安を取り除くためかもしれない、
とそんなことを思いました。
私なんかは体重が増えたくらいのことで
「もういや~」とばかりに人生投げ出したくなったりしますが(ホント愚かだ)
でも、それはあと50年くらいは生きられる可能性を知ってるからなのかもしれない。
おじいはどんなに頑張ってもあと50年生きられませんからね。
だから余計に、
今生きてることを、そしてもっと生きたいと思う気持ちを
翳りなくまっすぐ持てるんだなって。
でも、言ってることはやっぱり捻くれてるんですけどね(苦笑)
だから、なんかそれがすごく重く受け止められて、
そして、自分を省みて「なんてショボいんだ、私という人間は」とか思ったりしました。
で、もう1つ分かったことがありました。
おじいのことが嫌いだった理由。
きっと、自分と被るとこがいっぱいあったからなんだろうな。
今思うと、「あ、似てるな」って思うとこ、いっぱいあるんです。
人当たりが悪いとこと、捻くれたとこなんか特に(苦笑)
だからね、余計に受け入れられなかったんだな、と。
プラスとマイナスはくっつけるけどマイナス同士は反発しますからね。
これ、母にもいえるな。
おじいと母も、母と私も、きっとマイナス同士。
分かっちゃうから分かりたくない、だから反発する、みたいな。
この性格はきっと遺伝だよ(笑)
…今だからこそ冷静に受け止められる自分がいる気がします。
で、折角なのでもうちょっと語っていいですか?(今日は長いぞ~)
あの、すっごくショッキングなことがあってですね、
これまたいろいろと思わずにはいられなかったんですよ。
(おじいの)サイトの掲示板をちょっくら見たんですが、
書き込みをしてるどの方の文章を見ても、
私、言葉の意味を理解出来ないし、言葉自体も読めないし、
これはもうホント、ショッキングなことでした。
現代人、退化してるよ。。。
言葉という分野に置いて。
時代が進むにつれどんな言葉が出来ても変わってもいいけれど、
ちゃんとした言葉はしゃべれるし書けなきゃいけないな、と。
もちろんその時代に合った礼儀程度でいいとは思うけど、
それ自体、現代人はまともに出来ない気がして。
もちろん私も含めです。
ネットマナーに置いても
パソコンやらケータイやらを使いこなせてる(と思ってる)現代人より
よっぽどご年配の方の方が心得てるな、と。
それはネット云々じゃなくて基本があるから
媒体が変わったとしてもきちんと出来る術があるんだと思いました。
「古き良き~」と言い続けるのは好きではないけど
そういうところは見習うべきだなって思った次第です。
はい。
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